いつからだろうか、私がこの世界に、裏側に馴染んだのは。
いつからだろうか、私が武器を、銃を手に取ったのは。
いつからだろうか、私が引き金を、人を殺したのは。
いつからだろうか、私が仕事を、掃除人になったのは。
いつから、いつから…



「………」

今日も仕事が終わった。いつも通り、いつかから続く日常。
私の日常、この世界の日常、何の変哲もない、ありふれた日常。
なにも変わらない、変わりようのない日常。

…私の、日常。


「あー、お疲れ様−。報酬はいつも通りで大丈夫だよね?オッケーオッケー、次回もよろしくねー」

固定電話、便利な物だ。異世界とやらからもたらされた技術…いつかは到達していただろう技術、その一つらしい。
どうやら、世界は少しずつ変わっているらしい。本質はともかくとして、だが。
…変わらない私の日常を置いて、だが。

依頼主への報告を終え、帰路につく。日常。
途中で報酬を受け取る。日常。
報酬で食料を買う。日常。
自分の住んでいる廃墟に向かう。日常。
同業者から、この世界の住人から食料を奪われぬようにする。日常。
明日の仕事の準備をする。日常。
明日に備えて睡眠を取る。日常。
睡眠中でも物取りに備え何時でも起きられるようにする。日常。

日常。日常。日常。日常。日常。日常。日常。日常。日常。日常。日常。日常。

…いつまで続くのだろうか、この日常は
……いいや、いつまでも続くのだろう、この日常は



「…そう思っていたのに、全く。何でしょうね、この日常は」

店の掃除をしながら呟く。無論、比喩的な掃除ではなく、床を掃きながら。

「おかーさーん、皿洗い終わったよー」

厨房から声がする。あの子は元気なのはいいが、元気すぎるのが問題だ。

「…全く、店長と呼びなさいと言っているでしょう、アオギリ」

ズドン!!

今ズドンって聞こえましたよね、ええ聞こえました。具体的にはテーブルが砕けるような音が。

「あ、あはははは…」

音の聞こえた方を見れば、そこにはあの子と砕けたテーブルの残骸らしきものが見えた。

「…御免なさいお母様…」
「…全く、貴方にも店長と呼びなさいと言っているでしょう、ポムニット」

パリーン!!

「おかーさーん!うっかり包丁でお皿が!」
「……全く」

全く、器用なものだと感心する。

「二人とも、怪我の無いように片付けること。いいですね?」
「はーい!」「わかりました」

だいぶ変わった、日常。
ザインではない私、フラウとしての、日常。
ポムニットとアオギリ、そして私の日常
今の私の、日常。



あの日、あの時。
いつまでもあの日常が続くと思っていた、あの時。
あの日から私の日常は変わっていった。

きっかけは

「………」

廃墟に、無造作に捨てられていた赤子の二人を見つけたことだった。

別にここでは珍しくもないことで、育てる余裕のない親が捨てていったのだろう。
しかし、その赤子達はとても元気なもので…

「…煩い…」

何故よりにもよってうちの目の前に捨てたのか、と思う程だった。

「…全く…」

思えば、「全く」が口癖になったのはこの頃だったかもしれない。
仕方なく二人を拾い、適当に孤児院にでも連れて行こう、そうしよう。そう甘く考えた。

しかし、それは失敗だった。

孤児院に連れて行こうと思ったことではない、情が沸いてしまったことだ。
まともな孤児院なんてあまり無いのは知っていただろう、そういうものだとわかっていただろう。
そこに連れて行くのに抵抗を持ってしまった。嫌だと思ってしまった。

全く困ったものだ。無論、赤子に、というだけでなく、私が、という意味で。

「…全く…!」

勿論、子育てなんてしたことはなかった。
日常の中にそんなものはなかったし、それをすることになるとも思っていなかった。

幸い何とかなった。何とかなったのだから問題ない。問題ないのだ。
よく食べよく動きよく泣くものだったけど問題ないのだ。


しかし何もかも問題がないということはなく…問題という問題は存在した。
こんなところに赤子二人を置いておくというのは危険である、ということだ。

私はこの裏側の生活に慣れているが、この子達は違う。何も知らない、無垢な子達だ。
…まあ、問題を起こされたら困る、というだけなのだが。

「…全く、仕方ない…」

仕事は辞めることにした。掃除屋の廃業だ。
金は散々稼いでいたし、使うことも食料、仕事の準備くらいだったもので、暫くは困らないだけ貯めてあった。

裏側からも出ることにした。偽造屋で三人分の身分を買い、表側に住むことにした。

掃除屋「ザイン」は消え、「フラウ」が表で生活を始めた。
明確に、私の日常はその日から変わったのだった。

…日常は「変わらなかった」のではなく、「変えようとしていなかった」のだと気付いたのはその時だった。



「「おかーさん、いってきまーす!」」
「…全く」

元気に育ったものだ。そう心の中で呟く。
表側での日常が始まってから数年が経つ。もう早いものだ。

しかし、私は「おかーさん」なんて呼ばれるような歳でもないものなのだが…
そう思いかけて、いや裏側では珍しくもなかったか、と考え直す。
どうやら私も表側の生活に馴染んでいたらしい。

あの子達には「ポムニット」と「アオギリ」と名付けた。特に意味はない。
双子ということにしたのも、姉がポムニットで妹がアオギリにしたのも、特に意味はない。
…まあ、直感、適当、なんとなく、そんなところだ。

学校でも楽しくやっているらしい…まあ少し不安なところもあるが。
少なくても様子を見る限りは大丈夫そうである。


私は私で喫茶店で働き始めた。ウェイトレスというものだ。
制服、勤務時間、勤務内容…様々な物が決められており、新鮮だった。
正直に言えば楽しい、そう思ったのは少し恥ずかしい。

そもそも、金の面では働く必要はなかった、が。世間体というものがあった。
どこから生活費が出ているか、と変に探られたくもなかったし、仕方ないというものだ。

特に何が困るって、保護者会というものが困る。
自分で言って何だが、若く独身となっている私は保護者会で浮くものなのだ。
更にそこに無職となれば、尚更異様に映る。
今でこそ、苦労しているんだ、と気にかけられる程度にはなったが、最初はただただ辛かった。


結果的に言えば楽しいから問題ない。問題ないのだ。

「おかーさんふりふりしてるふくきてるー」

問題ないのだ。全く、制服なのだから仕方ないだろう。

「しってるー。めいどふくっていうんだー」

問題ないのだ。全く、メイド服が制服なのだからしかたないだろう。


そうして日常は過ぎていく。少しずつ変わりながら、変えながら。



「糞が」
「会って一言目がそれってひどくないかな!?」

帰ってきて早々、厄介事の塊のような女が家の前に立っていれば誰だってそう言う。

「当たり前でしょうココ。アポも取ってないでしょう。というかどうやってここに辿り着いたんですか」
「ココだけに!…オーケーオーケー、ギャグは置いといて話を戻そうか。どうやってってまあ、ちょちょいと調べて貰っただけだよザイン」
「…全く、これだから裏側は。それと今はザインではないので」
「じゃあ今は?」

フラウ、そう答えながらココを家へと上げる。
別に親しいから、とかそういう理由ではない。こいつと話している事を周りに知られる方が面倒だからだ。
流石に裏側の人間が表側でドンパチ、とはならないだろうが、その可能性も否定はできない。

全く。内心ため息をつきながらお茶を出す。

「…なんか普通だね」
「何か」
「さっきから毒ないかな?」
「お茶には入れてませんよ」
「そういう意味ではないんだけどなぁ…いや今「には」っていった?」

そんな話をしながら。昔なら直ぐ本題に入っていただろうか、と考えながら。

「…で、何の用ですか」
「いやーちょっと仲良くなろうとー」
「…全く、建前はいいですから」
「あっはっは、いやちょっといろいろあってこっちに土地持っててね」
「…まさか、表側に進出、なんて言いませんよね?」
「まさか。ただ遊ばせとくのもなんだし有効活用しようと思ってね。喫茶店でもやろうかと」

嫌な予感がしてきた。こいつが面倒事以外を持ち込んだ覚えがない。

「…で、それと私に何の関係が?」
「やってみようか、店長」

何故そうなった。

「…何言ってるんですかココ。というか私、経営とか出来ませんよ?」
「大丈夫大丈夫!そういうのは私がやるから!」
「というか私じゃなくてもいいじゃないですか、店長」
「ザ…フラウがやってくれた方が色々楽そうだなーって?」
「…全く…」

何か隠しているのはわかる。数年前とはいえ、何年か関わっていた仲だ。
…何を隠しているのか、それを見通せるほどの仲ではないが。

「…まあ、いいでしょう。店は私の方である程度好きにやっても?」
「いーよいーよ、好きにやっちゃって」

引き受けることにした。
多少なり世話になった義理か、突然掃除屋を辞めた負い目か。
あるいはその両方なのか、自分でも分からないまま。



「しかし、割と何とかなるものですね…」

喫茶店「The last hideout」の店長になって暫く経つが、問題なく日常が過ぎる。

「おかーさーん!こっからどう作るんだっけー!」
「アオギリ…ああ、お母さん。私が教えてきますね」

全く、店長と呼びなさいと言っているだろうに。

ポムニットとアオギリがこの店で働いているのはまあ、本人達の希望である。
ちゃんと面接はしたし、仕事も教えたから問題ない…問題ないのだ。
アオギリは時々やらかすが、ポムニットがカバーするから…問題ないのだ…
ココ関連の子パッフェルが新しく店に入ったけど問題ない……問題ないのだ……


それが今の日常。私の日常。
変わった日常。変えた日常。


そしてまた変わっていく日常である。が、またそれは別の時に語るとしよう。

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