俺は富田金剛である.あだ名はまだない.
どこで生まれたかとんと見当がつかない.
どこかじめじめとした橋の下でうずくまっていたことは覚えている.
そこで俺は師匠に拾われ,日々武術の稽古をして過ごしている.
名前も師匠が付けたものだ.富田流の富田に奥義の金剛.
由来を聞いた時は重すぎる名だとビビったこともあった.

…師匠には感謝している.師匠に拾われてたらどうなっていたことか.
そんな師匠だが,今は,病院のベッドの上で過ごしている.
時間はそれほど残ってないらしい.

―――

グラップルノヴァの世界はひたすら戦いを行う世界だ.
生身でサイボーグやロボットと戦う人種は当然ながら体への負担から平均寿命はかなり低い.

「師匠ー愛弟子が見舞いに来たぜー」
「ん…おう金剛か」

一見すると元気そうだ.師匠はかなりの高齢で,この歳まで戦えたのは幸運と言えた.
医者からはいつぽっくり死んでもおかしくないといわれている.
だから俺は泣かないと決めていた.

「意外と元気そうだな,あ,これ見舞品の果物な」
「ありがとよ,で,学園の受験はどうだったんだ?」
「もちろん合格だぜ?余裕余裕」

そもそも試合で突然死なず,こうして話すことができるのだ.
これは恵まれた最期だろう?
だから泣かないと決めていた.

「そうか,あの学園は腕を磨くにはいいとこだ,俺もあそこの卒業生だからわかる,で,いつ出発するんだ?」
「荷造りはもう終わったから夜にでも,ワリィな師匠,看取れそうに無いぜ」
「へっ元々弟子に看取ってもらうつもりはねぇよ」

しばし無言が部屋を支配する.言葉が出ない.
何を話せばいいのかわからなくなる.今までの思い出話?感謝の言葉?
顔を伏せる俺の頭に師匠はゆっくりと手を置いた.

「…もう撫でられて喜ぶような歳じゃないぜ?」
「抜かせガキがよ」

師匠の手は小さい頃にやってもらった時の大きなゴツゴツとした力強い手では無くて
弱弱しい,枯れ木のような手で,それが俺は無性に悲しくて.
泣かないと決めていた.

「師匠…俺は…」
「向こうでも元気でやれよ?」

元気でやれるさ,師匠からは多くの物を貰った.
俺は富田流の金剛だ,この名があれば,教えられた技が有れば,俺はどこでもやっていける.

「……そろそろ行くよ,俺」
「そうか」

なるべく笑顔で顔を上げ立ち上がる.話したいことはあった.だが今更話す必要はない.
ただ最後に一つだけ,背を向けたまま,扉の前で声をかける.

「今まで,今まで育ててくれてありがとうございました,お父さん」
「…達者でな,バカ息子」

歯を食いしばり病室を出る.振り返らない.涙は見せない.

―――

夜,わずかに残った私物を処分しがらんとした道場で一人窓から星を見ていた.
時差等の影響で学園への乗り物はだいたい日付が変わったくらいに出る.
しばらく時間が余ってしまい,こうしてぼぅっとして宙を見ている.
ここの権利も知り合いの教授に売り払ったし買い戻さなければここに来ることはないだろう.

ふと,道場の隅に師匠が居た気がした.

俺は幽霊なんか見えないし,魔法とかのオカルトもわからない.
だが多分そうなんだろう,たった今,師匠が―

「っ!ーー!」

船が出るまで時間はある.しばらく俺は一人で泣いて,時間が来て16年過ごした道場を後にした.

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