「姫!お気を確かに!ああどうしてこんなことに……」

『いいんです、私はあの夜に一度死んだ身
 ここで死んで悔いがないと言えば嘘になりますが、同時に納得もしているのだから』

「そんな…血が止まらない……ここまで来たというのにどうして……」

『いい加減にしてください!私は死ぬ、今から死ぬのですよ
 これからもあなたの人生は続くというのにそんな様子だと不安で仕方ありません』


 森の中で一組の男女が悲嘆に暮れていた。
辺りにはもはや何の物音もせず、つい先ほどまで激戦があったのが嘘のように爽やかな風が辺りを薙ぐ


「…分かりました姫。この剣にかけて誓いましょう
 私は悔いなく生きて悔いなく死ぬと。たとえそれがあらゆる人々に否定されるとしても」

『それを聞いて安心しました。世間知らずだった私を外に連れ出してくれたことは本当に感謝しています
 どうか最後の最後まで幸せであって下さい。それだけが私の唯一の望みです』

「ええ、その代わり姫も最期の最期まで幸せに、自由に生きてください
 それが私からの唯一の望みであり、最後に結ぶ約束です」

『ふふ、あなたが私に頼み事とは珍しいものを聞けました
 願わくば生まれ変わっても、もう一度……』


 この日、とある小国の姫は死んでしまいました。
光届かない深い深い森の中で誰にも知られることなく、その短い生涯を終えたのです。





 さて本日もやって来ました異世界巡り、授業中に突然飛ばされたので着の身着のままサバイバルの開始だ。
正直慣れた。何十回も移動してたら否が応でも慣れるから君も異世界移動体質になろう!いや、なれ!

 冗談は程々に素早く周囲確認、これを怠った奴から死んでいくのが世の常。
いつか異世界ガイドブックでも出してみようか、多分1部も売れなくて終わるな、うん

 辺りは薄暗い森の中。昼間なのだろうけれど木々が日光をいい感じに遮っている。
土は少し硬めで雑草が繁殖していることから整備された道ではないことが分かる。そして……


『あんっ……♡やぁ……♡ もっともっと膣内をかき回して下さいぃぃ♡』


 さっきから目の前でこれ以上ない存在感を発している人より大きい触手と被害者A
いやこれほんとどうしようね?助ける義理ないし、かと言って死なれても寝ざめが悪いし…むむむ
 
 ざっと3秒ほど考えて見捨てることにした。
この世界特有の文化なのかもしれない。部外者が関わったら不味いのかもしれない、さらば!

 そう踵を返そうとした瞬間……ボクの横を通り抜けて行く小柄な人影が一人
そいつは明らかに異質な空気を纏い、世界そのものを切り裂くような大剣を構え突っこんでいった
左手を順手、右を逆手にして剣の柄を覆い隠すように握り、体の左側面を盾にしながら切り込むという物凄い構えの剣技。
彼が通った軌跡は暗闇が光を食い荒らし、だというのに彼とその大剣そのものは僅かに赤熱し光彩を放ちながら煌いていた
 
 決して速くはない、けれどもこれ以上ないほどの早さで巨大な触手に近づくと右肘を頭上に大きく上げて突きの姿勢を取った
ボクが剣技に詳しかったらもっと解説出来たんだろうけど惜しいなあ。
そのまま超低空を滑る様に接触、大剣を突き刺すと同時に引きちぎる様にぐるりと体ごと剣を動かしての回転切り、周囲360度が虚無へと帰った
と言うか切りつけたのは一部なのにその5mはある触手が跡形もなく消えたんだけど。やべえよあれ……マジやべえって

 悠長に考えているけどこの間僅か4秒程度
後から振り返って思考整理してるけどさ、実際当時は『??? ほへーやべー』程度だったね
動きの視認が限界でしょあんなの。無理無理カタツムリ


「おや、ここにいるのは彼女だけかと思っていたけれど他にもいたみたいだね
 見知らぬお嬢さん、失礼でなければ名前を聞かせてもらっても?」

『あー、失礼に失礼を重ねるけれどそちらから名乗ってもらえないかい?
 なんと名乗ったほうがいいのか迷うんでね、少し事情が特殊なのさ』

「そうですね、私の名前はコリュイアです
 西の方から流れ流れてこの深層腐海まで辿り着きました。」

『そうかい、ボクの名前はイチカだ
 異世界から流れ流れてこの深層腐海とやらにたどり着いたばかりさ』

「はあ、何やら大変なことがあったようで
 面倒を見てあげたいところですが生憎と不可能なので、許してください」

『え?マジ?ここに放り出されてさあ頑張れはきついんだけど。
 もっとこうこの世界の歩き方とかさ?なんかこうあるじゃん普通?』

「そうは言われても私も他人を背負えるほど余裕はないので…
 ところでレディ、戦闘はどれほどできますか?無理なら私だけで終わらせますが」


 いつの間にか周囲に大量の気配が渦巻いていた
目を凝らすと僅かに触手のようなものが見える。数は多すぎて把握できないなこれ


『ほぼ毎日、都市を滅ぼせる数十mの敵と戦ってるよ
 多人数戦もかなりこなしているから足手纏いにはならないと思うけれどどうかな?』

「ならどちらがより多く倒せるか競争するということでどうです?
 私に勝てたら色々と融通してあげますよ」

『いや無理だって!流石にお前みたいな化け物に勝てる訳ないだろ!
 と言うかボクの強みは不死性と即死でその他はちょっと鍛えた一般人なんだよ!』


 話を聞く前に青年は大剣を担いで触手の中に躍り出た、畜生やってやるよ!やりゃあいいんだろ!
割と禁じ手の究極技法を使って倒していると彼は感心したようにこちらを見てきた。視線が五月蠅い!

 勝負はと言うと負けました。
うん、ちょっと強い少女があんな人外に勝てる訳がない。当然の結果すぎるんだよなあ





「いやーそんなこともあったね、今では懐かしい思い出だ
 私もあの頃は若かったということでここは一つ」

『つい2,3か月前の事なんだけどそれについての弁解をどうぞ
 いや割と真面目にあの森に置き去りは非道も非道だと思うんだ』

「最近年なのか耳が遠くてね、よく聞こえなかった
 美味しい料理でも目の前にあれば話が通じるかもしれない」

『あれだけ食べておきながらいけしゃあしゃあと……
 この野郎いつかぶっ殺してやる』

「実力差を考えてからものを言うんだね
 確かに君は強いけれど強いだけだ、その程度の実力に殺される気はしないよ」


 テントが壊れてしまったのでたき火を囲みながら野宿をする。
ぱちぱちと言う木の燃える僅かな音と何処からかのフクロウの声が耳に大変優しい。
すぐ傍の川の流れる音も相まって実にサバイバルって感じだ。火事対策は万全ですぜ


『確かに強いと言っても所見殺しだしなあ、化物連中には敵わなくて困る』

「剣の才能も全然なかったからね、あの練習風景は逆にコメディだったよ」

『それは君の教え方も悪いだろう
 感覚派ってレベルじゃないほど何も伝わってこなかったんだけど』

「こう見えて私の剣技は我流だからね
 旅をしながら身に着けたものだから教え方なんて分からないんだよ」

『あれ?割と聖騎士の格好してるからどこかに所属してたんだとばかり
 というか最終日なんだし少しは身の上話してくれていいんじゃないかい?君とボクの仲だろう?』

「私と君の仲は薄皮よりもぺらぺらだと思っていたのだけれど
 でもそうだね、夜も更けてきたし寝付けない子に少しだけ話をしてあげよう」

『君の毒舌も聞き飽きたから流してあげるよ
 全く人畜無害でにこやかな顔しやがってからに……』


 頬を撫でる風が少しだけ強くなり、焚き木が崩れてカサカサと音がした。
川の魚が水面から跳ねてポチャリと水紋を広げていく。とても、とても静かだ。


「まずはこの『名食いの魔剣』の話をしよう
 これはとある王家に伝わる剣でね、振るった者には力と災厄を与えるとされているんだ。
 その実態は……うん伝承通りの魔剣。
 この剣を振るった者は異常なほどに剣技が上達する。正確には急速な成長を促すと言ったところかな。
 そしてこの剣を振るった者と振るわれた者は世界で生きた証と、近しい人の記憶から順に消えてしまうんだ」

『え?お前そんな魔剣をボクに素振りさせてたの?
 ふざけんなよてめえ!何か悪影響が出たらどうしてくれんだよ!』

「最初はね、君の記憶から消えて何食わぬ顔で去ろうとしたんだ
 ところが全く記憶を失わない、異世界から来たってだけでは説明つかないしあの時は内心困っていたんだよ」

『うーん原因は色々思いつくけれど……そうだね
 多分ボクの中に神様が住んでるからじゃないかな?異世界に勝手についてくる天体観測好きの』

「流石の魔剣も異世界の神様の守護には勝てなかったということか
 しかし隠し事が多いのはお互い様じゃあないか、よく一方的に非難してきたね」


 あ、向こうの方から沢山の蛍が移動してきた、この世界では冬に蛍が飛ぶのか
野生の蛍は澄んだ川にしかいないと聞くけどなるほど綺麗だ……隣の奴の濁った眼とは大違いだ


「全く図太いんだか繊細なんだか分からない
 じゃあ最後に私の恋人の話をして終わりにしてあげよう」

『えっ、お前恋人いたの?
 こんな性悪を好きになってくれる人がいたなんて意外なんだけど』

「どうやら私の勘違いだったようだね
 恋人なんていなかった、話はおしまいにしてゆっくり眠ろうじゃないか」

『分かった分かった、ボクが悪かったから続きを話してくれ』

「と言っても既に死んでしまったのだけれどね
 私が魔剣を使い続けたせいで私と関連しているあの人の存在もほとんど消えてしまった
 今となってはこのロケットだけが唯一残された生きていた証になるのかな?」

『そのずっと首から下げていたペンダントか
 片時も離さないから相当大事な品だとは思っていたけれど。
 中には彼女さんの写真でも入っているのかい?』 

「写真?中に入っているのは魔法で紙に転写した姿だけさ
 君には分からないだろうけど保存と言うのはかなり高位の魔法なんだよ?」

『ボクの世界ではそう言った物を写真と呼ぶのさ
 君には分からないだろうけど科学は便利なんだ、差し支えなければ開けてみても?』


 それを聞くと彼は何も言わずに首からペンダントを外してボクに渡してきた。
同時に焚き火の火が消えてほんの一瞬だけ世界が無音と暗闇に包まれる。
しかしすぐに目が慣れると、今度は眩しいくらいに周囲が光り始めた。
夜空に浮かぶ星と半月。周囲一面を照らして飛び回る蛍。魚が飛び跳ねキラキラと光る水飛沫。
そして何よりも濁り切っているのにそれでもどこか輝いている性悪野郎の瞳。


『珍しい模様のペンダントだね、これは何の植物なんだい?』

「レシュノルティア、レウケナルティア……つまりは初恋草だね
 私が好きな花でよく部屋に飾っていたんだよ」

『ペンダントに彫るとは意外と乙女チックな趣味しているじゃないか
 いや、この場合は君の彼女さんがいいセンスだったということなのかな?』

「さあ、どちらだろうね」


 かちりとペンダントを開くと中には一人の可憐な青年の顔があった。
随分と端正な顔立ちをしていてそれでいて凛々しさも感じさせられ……え?男?おいおいちょっと待って


『お前ホモだったのかよぉ!』

「あはは!あはは!あっはっは!」

『爆笑してんじゃねえよ!そんなに人をからかって楽しいか性悪!』

「あはははは!はあ……はあ……ふぅ……」





 唯一の友人を見送ってやっと一息着く、短い期間だったとはいえ最後まで隠し通せてよかったとロケットに向けて笑いかけた。
彼を失ってから3年、未だに私は魔物討伐を続けている。それは誰の為でもなくただひたすらに私自身の意思で。
たとえ誰に何と言われようともこれが私が決めた道なのだから絶対に曲げてなどやるものか


『そうかもう3年か、少しはこの男装姿も似合ってきたってことかな?』


魔が住まう魔道を征くは魔の身なり
望んで選んだ答えだ、私は私を殺してでもそうありたかったんだ


『ククク…フハハハハ!理由も過程も無意味!復讐鬼とはそれだけで悪だ!
 他者の存在を強奪し己の我欲でのみ動く醜悪で惨たらしい化物こそが私だ!
 私を肯定などするな!私を否定などするな!私は私であり救いがたい愚者である!
 貴様らの様な強者がただいることが許せないだけの!それだけのことなのだ!
 夜に目を閉じているだけで!朝露が照らす安穏たる日を迎えることを否定したいだけだ!
 この一匹の脆弱な魔物を殺す貴様らもまた魔物であるからして!この道は魔道に相違ないのだ!』


「自由に生きろ」その彼との約束は今でも胸の中にある。私はロケットをしまうと大剣を構えて魔物達に切り込んだ。






初恋草   冬付近に咲く色とりどりの花
      花言葉は【淡い初恋】【秘密】【約束を守る】

 
馬酔木   春の初めに咲く白い色の花
      花言葉は【犠牲】【献身】【あなたと二人で旅をしよう】

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