審判者と呼ばれた男

私は私の世界においてそれなりの地位の家系に産まれた。我が家系に定められた役目は他者を裁く審判者。
全ての運命が決められているこの世界で、これ程楽な仕事もなかった。なぜなら審判を受ける時点でそれは悪であり、ただの一つの例外もありはしないのだから。
今では恥ずべきことではあるが、私は言われたことをするだけで賞賛されるこの世界のシステムに酔っていた。己こそが正義だ、己こそが絶対的な強者なのだと。

・・・・・・だが、あの日私の驕り高ぶった心はへし折られた。
その日も普段通りに悪を告げるだけの作業を行っていた。少しばかり退屈になり欠伸を噛み殺す私の前に、彼は現れたのだ。

「俺は、何一つ悪など成してなどいない」
「目の前で失われかけた命を救うことが悪だと貴様らは言うのか。言葉を理解できぬ子を運命などという曖昧なもののために殺すのが正義だと貴様らは言うのか」

その男は鋭い眼光で睨みながら言葉を発する。

「笑わせてくれるな不快極まる!貴様らのいう正義は歪められた虚構に縋るだけの塵屑にほかならない!」
「己の定めた正義を振り翳すのならまだ許そう。しかしだ、神の名を謀る小娘ひとりの判断基準に従い徒に生命を殺すだけの人形共。貴様らの誇るそれは正義などではない!」

その場にいた誰もがその男に気圧されていた。
武装した兵士たちも、誰一人としてその武器を突きつけることすら出来なかった。

「なら、聞かせてくれ。」

だからこそ、思わず疑問を零した。

「君のいう正義とは、一体なんだ!君はこの自由に見えて何一つ自由のない世界で、何を想い生きているのだ!」

言葉に熱が籠る。目の前の男のことが知りたい。近づきたい。それはまるで太陽-ヒカリ-に憧れ空を駆けた蝋翼のように。

「俺は過去を振り返らずにひたすら前へ進む。そして、[誰か]のために己を使い潰す。」
「壊れるまで、砕け散るまで、それが “勝者” の責務ゆえ。」

──そうか。これが、「英雄」か。
只人が言えばその言葉はどこまでも陳腐なものだろう。だが、目の前の男には彼の言うことが真理であると信じさせるナニカがあった。

「・・・・・・彼を解放しろ。」

その私の言葉に異を挟むものは誰もいなかった。私と同様、彼らもまたあの「英雄」の光に魅せられたのだろう。
そして、その場にいた誰もが彼の前に跪いた。

「何のつもりだ」

彼は訝しげにそう問いかける。彼としては彼の思うままを告げただけであり私たちがこうする理由がわからないのだろう。

「貴方の作る世界を、変える世界を見たいと、そう思いました。誰もが貴方のようである世界、その理想郷で私は生きていきたい。」
「だから、貴方のそばに置いてほしい。」

初めて自分で選んだ道だった。言われるがままでなく、紛れもなくこうしたいのだと選んだ道。
そこに一切の後悔はなく、迷いはなかった。

「・・・・・・バカをいえ。俺のようなものが溢れる世界など滅んでしまうのが関の山だろう。」
「俺はただ、俺のしたい事をするだけだ。」
「邪悪を滅ぼす死の光に。──悪の敵に成るためにな。」

──ああ、何と尊き光か。

その日を境にアンドロメダにおいて内戦が勃発する。
古き神の支配から脱却すべきと一人の男が立ち上がったからだ。
その男の名前は「クリストファー・ヴァルゼライド」。
後に「英雄」として味方からは讃えられ敵からは恐れられることになる。
そして、その傍には・・・。



「と、言うのが私と彼との出会いだ。ああ、あの時ほど心焦がれた瞬間はない」

語り終えた男、ギルベルト・ハーヴェスは紅茶を飲みながら喉を潤す。

「・・・僕は何が悲しくて男同士の馴れ初めを聞かされているんだい?」

そして、その隣では今まで話を一方的に聞かされていたであろう白髪の少年が、コーヒーを片手に嫌そうな顔をしている。

「君しか聞いてくれる者がいないのだから仕方あるまい。この組織の者達は何やら見えぬ敵への対処で忙しい様子。人形のような少女も赤ずきんも己のことで手一杯。」
「君がいちばん余裕を持っている、そう思ったのだが」

やれやれ、と言うようにギルベルトは苦笑を零し、それに対し白髪の少年は呆れた様な顔をしている。

「君の憶測を否定も肯定もしないよ。・・・だが、一つ疑問がある」
「何故君は、そこまで愛してやまない光の英雄の元を離れてまでこの組織に協力しているんだ」
「君の今している行為は、英雄の言う悪の敵になる行為とは程遠いのでは無いかい?」

ふと、思いついたかのように少年が聞く。
それに対し。

「最もな疑問だろう。私の今しているこれはきっと、彼の唾棄すべき行為だと私自身思っている。」
「だが、私の理想を叶えるのはこれしかない」

何でもないようにそう答えた。

「・・・・・・君の理想?」

「そうだ。私は、英雄にとっての敵を作りたい!そうだ、彼がさらに光り輝くためにはそれを阻むより深い闇が必要だ!」
「初めは、彼に後継を作るつもりだった。彼とて人の子、来る死は避けられぬだろうしそもそも彼は不死を望まないだろう。故に英雄を己の手で生み出そうとした」
「が、やはり人の手で生み出せる英雄には限界があった。ヴァルゼライド閣下と同じ道を歩ませようと、彼のような意志力がなければそれは不可能であったのだ」

徐々に彼の言葉に熱がこもる。

「ならば、全く逆のアプローチをすればいい。クリストファー・ヴァルゼライドが光の英雄であるのならば、彼に届き得るモノを、闇の凶刃を作り出せばいいのだと!」
「そして彼を打倒しうるのであればその凶刃はきっと新たな英雄になる!仮に凶刃が折れたとしても閣下の威光がより輝くのみ!」

眼鏡越しのその瞳はまるで英雄に憧れる子供のようで。
そして彼は心から今の言葉の実現を願っているし、また、実現させるための努力を惜しまないだろう。

「なるほど、君は狂っているね。いや、それは僕が言えた義理じゃないのかもしれないけれど」
「それで、君のその狂った計画はどこまで進んでいるんだい?」

その話を聞いても、白髪の少年は顔色一つ帰ることは無い。なぜならこの組織にいる人間は、大なり小なりどこかイカれいるのだから。

「既に一人の少年、今は青年か。を送り出している。私の予想が正しければきっと今頃例の学園に入学している頃だろう。」
「だからこそ私も急がねばならない。彼のために、最高の刀を誂えて置かねば」

その言葉と共にギルベルトは背後を振り返る。
そこには無数の結晶体と、物言わぬ骸達。そしてその中央には怪しい輝きを放つ一振りの刀。

「悪趣味なものを作っているね。それは確か・・・」

「村正だ。どこぞの世界では権力を殺す呪いの刃とも言われているらしいが私が目をつけたのはこの刃に刻まれた善悪相殺の概念」
「ああ、そうだ。私はまだあの青年に、何も善きものを返せていない。相応しい輝きをいつか必ず与えるためにも、ここで止まってなどいられないのだ」
「故に、完成を急がねばならない。」


自らがしている事が外道という自覚はある、だがそれで立ち止まって屈して何とする。
己が尊敬する輝く英雄に及ばないことは百も承知。だがだからといって立ち止まってはならない 。
ここで立ち止まってしまっては、犠牲になった数多の命に報いることすらできなくなってしまう。
ギルベルト・ハーヴェスという男は本気でそう思っているのだ。

「・・・やっぱり君、特別狂ってるよ」

「心配するな、自覚している」

そしてギルベルトはここにいない、自分が手がけた最高傑作たる青年に思いを馳せる。

「ああ、強くなってくれ英雄を殺す刃よ。」
「君の末路は、英雄なのだから」


光の英雄のそばには常に一人の男がいた。
彼と同じものを見て、しかし消して彼とは同じ理想を抱けない男。
己の絶対的な価値基準で世界を変えんとするその姿はいつから人々からこう言われた。

「審判者」と。

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