「聞きましたか。先日の大嵐では、結局1000人ほどの命が失われたそうですよ。」

『なんと、1000人!ああ、なんて――』

「ええ、なんと――」

「『喜ばしいことでしょう!』」

ふと、そんな会話が聞こえてきた。
この世界は私の箱庭も同然なのだから、聞こえないほうがおかしいわけだけど、これは本当に偶々耳に入っただけだ。

そうだ、聞こうとしなくとも勝手に聞こえてくる程度には、世界中でこんな話がされている。
1000人が死んだ。1000人を取りこぼした。1000人を殺した。
この世界中の人々を守るために、訪れるべき死を不運な1000人に押し付けて私が殺した。
きっと、そう思っているのは私だけ。気持ちのいい晴れの日で、部屋の片隅で、泣きながら蹲っているのは私だけ。

孤児院の子供たちは、部屋に籠りきりの私に声をかけようとはしない。
大切な人を失った彼らも、この世界の理を否定する言葉は持ちえないから、ただ、私がいつも通りに戻るのを待つだけだ。

この青空の下で笑いあう世界の人々は、心の底から思っているのだろう。
1000人が死んだと。1000人が失われたと。1000人で済んで良かったと。

そんな声を聞きながら、自分が世界をこういう形にした時のことを思い出す。

まだ、この世界と私ができたばかりのこと、凪の神域という名前すらない、ずっと昔のことだ。

とある世界では、1年の間に、交通事故で125万人が命を落とすという話を聞いた。
それを聞いた時、私は心の底から恐怖したのを覚えている。
その時の私はとても小さな存在だったけど、自分がいるこの場所が、いつかそんな恐ろしい世界になるかもしれないと思うと、
泣きわめいて叫びたくなる衝動に襲われ、それを封じるのに精一杯だった。

生まれたばかりの世界。生まれたばかりの人々。生まれたばかりの神様わたし
幸か不幸か、私は、生と死を捻じ曲げることには長けていたらしい。事故死を否定して、病死を閉じ込めて、自死を追放する。
大好きな世界と、大好きな人たちを守りたくて、必死に死を遠ざけてはいたけれど、それにもあっさり限界は訪れて、押し込められていた死はあふれ出す。

そうして、最初の災害が世界を襲った時、私は真っ先に世界中で謝って回った。
自分のせいだ。自分がやったことだと頭を下げる私に、彼らがかけた言葉を忘れる日は、おそらく来ないのだろう。
「たったこれだけの犠牲で済んで良かった」

その言葉の意味を、すぐには理解できなかった。この人達は何を言っているのだろう。
人が死んだんだ。昨日まで生きてた人が、笑っていた人が、もうどこにもいないんだ。
それなのに皆笑ってる。居なくなった人達はもう帰ってこないのに、これで良かったんだと信じている。

言われてみれば単純な話ではある。1年で100万が死ぬよりは、10年で1000人が死ぬ方がずっとマシなんて、子供でも分かることだ。

それを理解した時に、私は一度折れたのだろう。愛すべきこの世界のすべてを守ろうという決意は、
いつの間にか、世界の多くを守るという機械じみた機能にすり替わっていた。

この凪の世界で私に与えられた選択肢は、改めて思い返すとシンプルだ。
何もせずに何千、何万の命が失われるのを見つめているか。あるいは、それを救い、帳尻合わせのために少しだけ殺すかの二択。

なぜ私が神様わたしなのだろうと嘆いた時もあったけど、何度も繰り返す救いと死を見つめている内に、そんな疑問も朽ちていった。

そうして殺すことを選んだ私は、それから千年以上もの時が経った今でもぐずぐずと泣き続けている。
お前が選んだんだろうと冷静な部分が叫ぶけど、命を取りこぼすたびに流れる涙は、まだまだ枯れてくれる気はないらしい。

それでも、私は進み続けるしかできない。死を積み上げて平和を作り続けることで、救われる命もきっとあるのだから。

――そろそろ、新しく此処の子になる子供を迎えに行く時間だ。
いい加減に涙を拭いて、身支度を整えなくては。

殺した私が言うのもおこがましいが、この世界でかけがえのないものを失った傷を少しでも癒してあげよう。
そうすることでしか、私のこの傷も癒えないだろうから。

『資料、資料……ええと、今度来る子は狼の獣人で、名前は……』

誰か、お前の選択は間違いだと言ってほしい。お前はただの人殺しだと言ってほしい。
誰も死なずにすむ答えは確かにあるのだと、私に突き付けてほしい。

そう考えていても、暴走するトロッコは止まらない。5人を見殺しにするか、1人を殺して5人を救うか。
レールを切り替えた私が、正しい答えを知れる日は、きっと来ない。



























「それでも、何かが、誰かが生きていてくれるなら、ただそれだけで希望を持てることも、あると思うんです。」
だから私は、私ではない誰かが答えを手に入れる日を、今でも待っているのだろう。

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