科学の発展は目覚ましい。
 今やあらゆるものが電子化されている。電子マネーに電子テキスト、果ては電子メール……は大分前からあるか。
 もはや郵便局の業務の八割は電子化されているらしい昨今じゃあ、特に書類関係についちゃあ電子化されてねぇものを探す方が難しいだろう。
 これは、人々の生活にかなりの恩恵をもたらした。何せ電子化された分書類の行き交いに必要な手間が劇的に短縮されたからな。
 お陰様で日本は通信大国。片田舎でも電波恐怖症患者は発狂せざるを得ない社会って訳だ。俺は電波恐怖症じゃねぇからから素直に恩恵を受け取るが。
 ともあれ。
 便利になったのは紛れもない事実。だが、一方で困った問題も、起こっているのだった。

「入学願書が消し飛んだぁ!?」
「ごめんなさいね、ちょっと整頓してあげようと思っただけなんだけれど」
「ふ、ざ、け、ん、な、絡新婦!! このクソ妖怪!!」

 寒さ厳しい二月のある日。
 俺はスマホに向かって絶叫していた。とはいえ、別に通話相手に怒鳴りつけてるわけじゃねぇ。
 会話の相手は、まさにスマホの中。

 …………日本の電子機器には妖怪が潜む。

 いつの頃かは分かっていない。だが、人々の口承ネットワークに潜んでいたこの情報生命体は、今や電子ネットワーク上に活動の場を移し、変わらず世界の闇で暗躍し、悪事を働いていた。俺の願書を削除したりな。
 この黒髪の女――絡新婦は、主に俺のスマホを根城にしている妖怪だ。元々は賢淵ってところを縄張りにしていたらしいが、俺がこのスマホに機種変更したときには既にいやがった。

「どうしてくれやがんだアバズレ! がんっ、願書だぞ!? 高校の願書!! くそっ、締切一時間前なんだぞ!? ああちくしょう……どう考えても書類データの再ダウンロードが間に合わねぇ!!」
「そもそもなんでそんなギリギリになっているのよ」
「てぇめぇえぇが俺のスマホに常駐してるせいで論理魍魎犯罪に巻き込まれまくってるからだよクソッタレ!! 今朝もそうだったろうが! 今週だけで何回死にかけたと思ってやがる!」
「死んでないだけマシじゃないかしら」
「そう何度も死んでたまるかアホ!!」

 肩で息をしながら、俺は頭を抱えていたい気分だった。
 高校の入学願書が消えた……これはもうしょうがない。再ダウンロードの時間もねぇ……これもどうしようもねぇ。
 問題は、俺の住む田舎の地方都市にゃあこの高校以外の教育機関がねぇってことだ。つまり、此処を逃せば俺は晴れて中卒。…………このご時世中卒とかありえねぇだろ!!
 考えろ、考えるんだ響。お前は出来る奴だ。これまでだって論理魍魎犯罪者に命を狙われてきたが、機転で乗り切ってきたじゃねぇか。ここから大逆転できる最高の一手があるはずだ。ドヤ顔してる運命の女神を半泣きにしてやる策を考えるんだ。
 考えろ、考えろ考えろ考えろ……ああ、そう言えば機転で乗り切ろうとしてもたまに死んでたな。これも多分『死ぬ』パターンじゃないか?

「じゃねぇぇぇぇぇよ!!!! モノローグで諦めんな俺ぇ!!」
「騒がしいわねぇ」
「誰のせいだと思ってんだファッキンスパイダービッチ!!」
「そんなこと言って良いのかしら?」

 俺の怒りの叫びに、スマホの中の絡新婦はけらけらと笑いながら、画面に一つのファイルを表示させる。

「なんだこれ?」
「願書よ。神賽学園のね」
「…………何を言うかと思えば。確か神賽学園っつったら倍率ウン万倍の超難関校だろ。いくら妖怪絡みの事件を切り抜けてきたとはいえ、俺は一般人だぞ?」

 世界統合だかなんだかで繋がった異世界にある、超難関巨大マンモス校。
 正直こっちの世界には不干渉が基本らしいから実感は全くねぇが、話くらいは俺も聞いたことがある。どういう入学試験かはしらねぇが、妙に妖怪を引き寄せる体質以外至って普通な俺が入学できるほど甘いモンでもねぇだろ。

「ええそうね、貴方は確かにただの一般人よ。でも、妖怪はそうじゃないでしょう?」
「…………おい、まさかお前」
「天邪鬼の結衣の力を使うわ。あの子の真偽逆転の力で、合格枠にねじ込んでもらいましょう」
「完全にイカサマじゃねぇか!! そんなことして最終的にひでぇ目に遭うのは俺なんだぞ!!」
「平気よ。向こうは多元世界からの入学者を受け付けてる。妖怪の手口だって簡単に対処できるでしょう。入学できたなら、イカサマ含めて貴方の入学が認められたということよ」
「いやいやいや、待てコラ。学園サイドがイカサマつきの願書を認めるわけがねぇだろ。速攻で弾かれて終わりに決まってるじゃねぇか」
「あら、そうかしら?」

 俺が必死の思いで懸念を叩きつけるが、黒髪の蜘蛛女は相変わらず飄々とした調子で受け流しやがる。……クソッタレ、またこのパターンか。
 クソ妖怪によって厄介事に巻き込まれるっていう……しかも今回は年単位で!!

「多元世界から大勢の生徒を集める実力主義の学校よ? 入学するための『努力』も、ある程度認めてもらえると思うけど。……それか、やる気になれないなら一つ、耳寄りな情報を教えてあげてもいいけど」
「…………なんだよ」
「貴方のスマホのビューアのパスワードは全て解析済みよ。私がその気になれば秘蔵の巨乳お姉様エロ画像達が名前付きでネットに拡散されるけど?」
「わーい神賽学園楽しみだな!! 入学できるように俺めっちゃ頑張ります!!!!」

 ああ神よ。
 頼むから高天原とか黄泉とかに引っ込んでねぇで、この暴虐を終わらせてくれ…………。



「…………とうとう行ったわね」

 それから一ヶ月余り後。
 櫂村響は、神賽学園へと旅立っていった。
 櫂村家のLANネットワーク上に潜む絡新婦は、そこまで呟いてようやく肩の荷が下りたと言わんばかりに脱力した。

「回りくどいことするねぇ」

 そんな彼女に一人の少女が声をかける。天邪鬼の結衣、と絡新婦に呼ばれていた、今回の立役者の一人だった。

「回りくどい? そうかしら」
「だよ。だって素直に『あんたの妖怪を引き寄せる体質が「マヨヒガ」の鍵だと考えて狙おうとしている勢力がいるから、早いとこ違う世界に逃げろ』って言えばいいじゃん。アイツだってそれでもピンと来ないほど馬鹿じゃないでしょ」
「それじゃ、意味がないのよ」

 絡新婦はあくまで静かに、天邪鬼の言葉を否定する。

「才能を狙われて自分の故郷から逃げ出すのと、傍迷惑な同居人の思いつきに振り回されて別世界へ留学するのとでは、彼の現実の受け取り方に天と地の差が生まれる。結果が同じなら、優しい世界を見せてあげたいじゃない」
「……ひえー、さすが神様になれる資格を投げ捨てて妖怪で居続ける筋金入りは違うわ。重すぎ」
「…………可愛い弟分の為なのだから当然だと思うけれど」

 絡新婦は憮然としながら、遠くを見るように目を細める。

「なんにしても。これで卒業までしばらくの猶予が出来たわ。願わくは、卒業したあの子がそれなりに自衛の力を学んでくれているといいのだけれど」
「高望みはよくないよ。憑き物サイボーグを素手で殴り倒す坊やとか私は見たくないしね」

 …………物語は知らないところで始まる。

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