夢 2

被検体B.Vの思考調査票。
初年度

ここに囚われてどれだけの時間が流れたのだろう。
俺はあの日、妹を庇い、たしかに大きな怪我を負ったはずだ。
しかし、目が覚めた時この身体には傷一つなかった。
それどころか身体は快調そのものであり、何一つ後遺症もありはしない。

そしてこの場所、たまに聞こえる話し声から察するに研究所、では運ばれてくる食事以外することも無い。
ただ、ひたすらに無為に日々を過ごすだけ。
外の景色も見えず、時間の変化も曖昧になりつつある。

そして極めつけは

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!嫌だ!嫌だぁぁぁぁぁぁ!!」

「っ!」ビクッ

聞こえてくる悲鳴。怨嗟の声。
怖い。怖い。怖い。怖い。
何が行われているのか分からないのが怖い。人の悲鳴を聞くのが怖い。痛みを想像するのが怖い。

「怖い…。怖いよ…■■■…」ガタガタ

あの日以来、会うことの出来ない妹の名前を呼ぶ。
昔からそうだ。争いが嫌いで、痛いのが嫌いで、傷つくことが嫌い。
弱くて、臆病で、情けない。その癖正義感ばかり強くて、あの娘には迷惑ばかりかけてきた。

変わりたい。変わりたい。変わりたい。
最近はそんな思いばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡っている。

「痛い!あ゛あ゛あ゛!誰か!誰か助け…!」

「あ、ああ…」

ごめんなさい、助けられなくて。
ごめんなさい、弱いままで。

でも、きっと誰かがすぐに助けてくれる。助けを呼べば駆けつけてくれる英雄が、きっと来る。
そう、信じて待つしかない。


2年目

懐かしい夢を見ていた。
あれは、おれがまだ英雄なんてものを信じていた時の夢だ。

「喜べ少年。君の変わりたいという願いは叶う」

あの時から暫くして、当然のようにおれにもその順番が回ってきたのだ。

「なに、そんなに怯えることは無い。今までの君の身体は少々弱すぎる。■■に耐えられない。」
「だから、そのために努力をしよう。なに、あの光の英雄にだって出来たんだ。君にだって不可能はない。私もこうして手を尽くそう」

おれが、ここで過ごしてわかったことがある。
この世界に、英雄なんてものはいないんだ。
弱者は虐げられ、強者はその力を思うがままに振るう。弱いままじゃ、何一つ出来はしない。

「お願いします。おれに、力をください」

だから、この痛みにも耐えなければならない。
たとえ地獄のような苦しみも、乗り越えなければならない。

「無論だとも。きっと彼のような英雄にしてあげよう」
「では、始めるとしようか」

ああ、なぜ皆はあんなにも拒んでいたのだろう。
耐えれば、我慢すれば、あの時のあのバケモノのような力を手にすることが出来たというのに。

バチィ
「…………ぐっ!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

そうだ、おれは、強くなるんだ。
待っててね、■■■。お兄ちゃん、頑張るから。
ヒーローが、英雄がいないならば、俺がそうなるんだ。強くなって。


3年目

また、いつものじっけんがはじまる。
いたい、くるしい、つらい、なきたい。
だけどたえなきゃ。つよくならなきゃ。
おれは、えいゆうに、■になるんだから。

「ふむ、やはり身体の強度がたりんな。」
「このままのペースで行けば、先に器が壊れてしまう。」

あぁ、だめだ。こわれてはだめだ。
そんなことになれば、ぼくは、よわいままじゃないか。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ゆるしてください。おねがいします」
「もっと、がんばりますから。どりょくしますから。ぼくを、ひーろーにしてください」

だから、もっとがんばらなきゃ。
こんなところで、まけてたまるか。

「・・・英雄にはなれない。が、こちらならば適合する可能性はあるか」
「悲しいことだ。これだけ英雄になることを望む少年に、私がしてやれるのはこんなことしかないとは」

ひーろーに、なれない?
そんな、そんなそんなそんなそんなそんな。
ぼくがよわいから、なさけないから。
いやだ。それじゃあいままでのくるしみは、いたみは?
からだのかんかくはもうない。ねてるのか、おきてるのかもわからない。そんなじょうたいになってまで、がんばったのに…!

「そうだ、君は弱い。君では彼のような存在に近づくことは出来ても彼には慣れない」
「だから、作り替えよう」

え……?

「決して折れぬ刃に。善も悪も屠り、争いなき地平を作り出すための劔に」
「君の努力は無駄ではなかったと、私が証明して見せよう」

……けるな。

「これは、ある妖刀の刃だ。これだけの規模のものを用意するのは骨が折れたよ」

…ざけるな。

「ヒーローに慣れずとも、君はきっと彼を殺し得る刃になれる。」
「ああ、思惑とは違ったが、それはきっと素晴らしいことだ」

ふざけるな!!
……まて、違う。ぼくが、俺が求めていたものは違うぞ。そんなものじゃない!
誰かが困っていた時に助けられるヒーローに、英雄になりたかったんだ!
それを、なんだと。怪物を殺すための刃だと?
冗談じゃない!

不思議と身体に力が籠る。
先程までとは違い、何かが自分を後押ししているかのように。

「く、くくくくはははは!事ここに至ってその力に目覚めるか!君はやはり面白い!!」

目の前の男が笑う。
なんだ、何がおかしい。

「いや、嬉しいんだよ。そして、やはり君には役柄を変えてもらうことにした」
「そして、あらかじめ謝罪しておこう。元々君の思考を弄るつもりはほとんど無かったのだが、その正義感は邪魔だ。取り除く」

は……?

「君は、英雄ではなく英雄を殺すための刃にしよう。」
「英雄(ジークフリート)ではなく、英雄殺しの剣(ダインスレイブ)に」
「なに、英雄はほかの実験体を使って作るさ」

ふざけるな!貴様、俺を!他のここに囚われた人たちをなんだと思っていやがる!
力なんて求めてない奴もいる!ただ平穏な日常に帰ろうとしてる奴もいる!
なのに、貴様は!

「理解に苦しむな。努力を重ねれば彼のようになれるのだぞ?何故それを誇らない。何故そのために耐えないのだ」
「直前の君のように」

あ…?
待て、待てよ。何故、なぜ俺は英雄を目指そうなんて思った?
なぜ、この苦しみを許容し、それを狂喜していた?

彼の言葉で、何か気持ちの悪いものがせり上がってくるのを自覚する。

「そういう事だ。いまやここには君のような魔人の後継を除いて、彼の跡を継ごうとする者しかいない。」

まて、まてよ。それは、つまり

「君たちは全て、光の糧となるんだ。そのために、少しばかり頭を弄らせて貰っている」

あ、ああああああああああああああああああ!!!??

「おっと、矛盾に気が付き思考回路が暴走でもしたか?」
「このまま壊れられても困る。早々に始めるとしよう」

うそだ!嘘だ嘘だ嘘だ!
いや、うそ、なんかじゃない。だって俺はあんなにも、争いを憎んでいた。憎悪していた。
そんな、なんで、ああああ!!????

「それでは、調整のし直しだ。」
「心配するな、強くなりたいという君の願いは必ず叶えてみせるから」


実験中、頭の中に流れ込んでくるものがある。
それは、一つの劔の物語。
その劔は、争いが醜いものだと知らしめるために、その身に呪いを刻んだ。
善悪相殺。
対敵を一人殺したならば味方も一人。悪しき者を殺したのなら善き者も一人。憎む者を殺したのなら、愛する者も一人、殺さねばならない。
そうすることで、戦を世から去らしめようとした。

だけど何故だろう。劔のはずなのに、涙を流しているように見えるのは。
悲しそうな顔で、こちらを見つめているような気がするのは。


4年目

「元気かね、B.V.」

・・・・・・・・・・・・。

「元気そうで何よりだ。さて、君はこの適合実験に耐えきって見せた」
「対価として多くのものを支払ってまで、な。素直に賞賛するよ」

・・・・・・・・・・・・。

「さて、実はこんなに悠長に会話してる暇はないんだ」
「ここが嗅ぎつけられた。近いうちに奴らが乗り込んでくるだろう」

ぁ・・・。

「なに、心配することはない。君はもう立派な劔となった。」
「だが、それと引換に以前与えた力に関しては、少々セーフティを掛けさせてもらっている。君の肉体は脆いからね」

ぁ、ぁぁ…。

「何時か、君がその刃で我々を殺し得ることを期待しているよ。」
---

ぁ、ぁぁぁぁぁ。
おれは、ぼくは・・・?
なんだったんだっけ・・・・・・・・・。

意識が浮上する直前、悲しい瞳をした女性の姿を幻視した。



目が覚めると、異常な程に汗をかいていた。

「・・・・・・・・・」

頭が割るように痛い。
自分が、まるでここにいないのではないか、そう思えるほどに、視界がぶれる。

「うっ・・・・・・おぇっ」

耐えきれずにベットに吐瀉物を吐き出してしまう。
後でマリアさんたちに謝らなくてはいけない。

「久しぶりにきついのが来たな・・・」

何か悪夢を見ていたことは分かる。
だけどその内容は思い出せないでいる。なにか、忘れてはいけないものの気がするのだが。

『思い出さなければ、貴方は幸福でいられます。だからどうか、このままでいて。』

・・・・・・・・・?なにか聞こえたような。
気のせいだろう。疲れが残っているせいかもしれない。

「やっぱり今日は大人しくしておこう」

そうだ。劔にも休息は必要だろう。
この身を預けられる鞘はないが、たまにはのんびりと休むのも悪くは無い。
何時か、あの怪物を斬るために。

そう、何もおかしくなんてないのだから。

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