深い深い死の霧に覆われた大陸、激流により辿り着くことも困難なそこには大量の魔に属するもの、魔物がいた
そんな人類が寄り付かない大陸のさらに奥の奥、周囲を荘厳な山に囲まれた盆地には魔力嵐が常に吹き荒れており草木の一つも生えてはいない

 その原因は中心にある魔王城。この魔王城自体が巨大な魔力の吹き溜めになっており自然世界中の魔力がこの僅かな空間に集まる。
そこに存在する魔王も当然人の身をはるかに超えた強力強大な存在であり、心技体の全てを兼ね揃えた魔の頂点と言っても差し支えがない


「世の者々よ!我こそがこの三千世界を統べあらゆる生物の頂点に立った存在!すなわち魔王!
 さあ恐れおののけ!貴様らが最後に目にするのは我が闇の威光なるぞ!はーっはっはー!」

『う、うわー魔王さんです 怖いですー……?』

「えっごめんちょっと待って」


 ちなみにこの時魔王はパンツ一丁だった





 まさか異世界に来て一番最初に見るものが玉座で高笑いしているパンツ一枚の変態だとは思いませんでした
いやでも待ってくださいこの人にも何か事情があるのかもしれないですし……見ず知らずの人を変態だと決めつけるのはいけない事です


『とりあえず話をしましょうか、えっと……あ、貴方は誰?ふーあずあい?』

「あのすみませんその前にとりあえず服を着ていいか……?このまま話し続けるのは勘弁してもらいたいんだが」

『あ、はいこんな時にすみませんでした』

「それで君はどこの誰だい?普通の人間がこの魔王城にたどり着けるとは思えないし何より突然現れたように見えたけれど」ゴソゴソ

『ボクは時空の旅人ですね、いえ次元の旅人と言ったほうが正しいかもしれません』

「異世界からの来訪者と言うことか……遅れてしまったが自己紹介といこうじゃないか 
 俺の名前はカーヴィス、訳あってこの誰もいない魔王城で魔王をさせてもらっている身だ」

『ボクの名前は一花 うなうな拳法初代にして末代の鎌使いです
 研究者と発明家をしてましたが訳あって色々やってます』

「若いのに随分と壮絶な人生を送っているようだな、俺も周囲に振りまわされ続けてきた身だから辛さはよく分かるつもりだ
 細かい説明は後にしてこたつでミカンでも食べながら寛がないか?季節が季節だしそのまま立っているわけにもいかないだろ」

『これは丁寧にありがとうございます、でもミカンは苦手なのでお気持ちだけ
 それと寒いというのならあんな格好でいる必要なんてなかったのではと思いますけど……』

「丁度洗濯物を全部干していて着るものがなかったのさ。実は今着ている服も朝に洗濯したものだから乾いているか不安だったんだ」


 話してみると不審者とは思えないほど律儀で真面目な人でした
そもそも勝手に家に押しかけて来たようなものだし家の中で半裸でも何も問題は無いはずですね

 こたつで温まっていると暖かい牛乳を差し出してくれました。
どうしましょう。なんだかすごく歓迎されているみたいですし2か月間ここで過ごすことにしましょうそうしましょう


『誠に申し訳ないのですが他に行く当てもないので2カ月ほどここにいてもいいですか?』ズズズ

「ああもちろんいいとも!話し相手なんている訳もないから暇で暇で仕方がなかったんだよ」

『それではまず一つ重要な質問をしますがこの世界で生きるにあたって気を付けることはありますか?これを聞いておかないと大変ですから』

「そうだな魔王城からは出ない方がいいってことかな。外は強力な魔力嵐が吹いていて並の人間には到底耐えられはしないからな」

『それでは短い間ですがよろしくお願いします』


 こうしてボクと魔王との共同生活が始まってしまいました
いえボクにとってはこの上ない好条件なのですがなんだかとてもツッコミ所があるような気が……まあ細かいことは後で考えればいいと思いました





「そこで俺は言ってやったんだよ「いやそれ絶対騙されてるから!両面が同じ柄のコインなんて偽物に決まってるだろ!」ってな そしたらなんて言ったと思う?」

『普通は『なんてことだ騙されたー』とかその人を考えると『気にしないで行きましょう』とかなのかな?』

「それがそいつは『地の果てまで追いつめて後悔させてやりましょう』だと 今までの経験のせいか騙されることには非常に敏感になってやがってな」

『環境が人を変えるといういい例ですね、でも旅をしているうちに少しずつ丸くなっていったんですよね?』

「それは勿論だ、苦難続きの旅だったが俺達は間違いなく成長していったからな。それは身体的な面だけでなく精神面もだ、じゃないと生き残っちゃいない」


 今日も今日とてこたつで駄弁っている日々。世界の命運だとかは切り離された和やかで穏やかに流れる午後の一時。
無駄に縦に長くて空間が余り過ぎている玉座の間で日課のティータイムの最中です。ちなみに玉座の周り10%にしか家具は置かれてなく残り90%はフリースペースになっています。長い。

 玉座の間に限らず魔王城自体も恐ろしいほどに広く、多くの部屋は一切使われてはいません。
果樹園や牧畜のための部屋は少なく大量の個室や宝物庫、そして何に使うのかも一切分からない部屋がこれでもかと大量に存在しているからです。
自然この玉座の間に集まってしまい、かと言って特にやることもないので話すことになる……がこの時間を悪いものだとは思いません


『それにしてもよく話題が尽きないですね。毎日話していたらそのうち底をつきそうなものだと思うけど』

「まさかまさか、俺の半生を語るのに2カ月はむしろ短いくらいだっての。そんな簡単に話せるほどつまらない人生は送っちゃいないからな」

『流石辺境で誰にも会わず引きこもりをしているだけはありますね、積んできた人生経験の重みに目がくらんでしまいそうです』

「俺だって好きで引きこもりしてるわけじゃないんだがな、本当なら今頃世界を救った勇者として崇め奉られてるってのに現実は魔王だよ魔王、扱いの差が酷すぎると思わないか?」

『そういえばなんでこんな所にいるんですか?話を聞く限りでは君が魔王をやっている理由なんて一切ないと思うんですけれど…実はそう言う趣味があったからとかですか?』

「あー少し長い話になるけどいいか、丁度いいと言うか切りだそうと思っていた話だしな」


 カーヴィスはそう言うとミカンの皮をむきながら大真面目な顔をし始めました。
こたつの上に乗せて弛緩させていた顔を引き締めたということはそれなりに重要な話なんだなと思い、ボクも5段に積んでいたミカンを一旦崩します


「俺はなモテたんだ」


 崩したミカンを積み直します。今日こそ最高記録を塗り替えられると信じて繊細にかつ丁寧に。
ミカンを選ぶところから勝負は始まっています。形自体もそうですが土台にするミカンと頂点にするミカンにも適性が大きく関係しており具体的に……


「分かった!時系列順に話そうとした俺が馬鹿だったから一旦その手を止めろ
 そうだな……なら終わりから話すことにするか、俺はこの魔王城で先代魔王を倒した。分かりやすい旅の終点、全人類の悲願、終わりも終わりのお話だ」

『続けて、どうぞ』

「その魔王は魔力の塊みたいな奴でな、倒した時にとてつもない魔力奔流が流れたんだよ
 それだけならまだいい、いや良いどころか不幸中の幸いでむしろ感謝するべき事態だったな。その流れた魔力を通して俺は世界の終わりを見たんだよ」


 カーヴィスはそこで大きく息を吸い、辛い記憶を掘り返すように一瞬苦い顔をした後ミカンを1房口に入れました
流石のボクも空気は読める系の女子なので口をつぐんで聞き役に徹することにします


「そこではこの星全部を巻き込んだ大戦争が起こっていた。悲鳴と怒号が吹き荒れて血の匂いがそれを押し流し洗っていく
 ほとんどの人間は果てのない争いをそれでもやめられず、まさに絶滅戦争とも言うべきそれが人類を滅ぼそうと牙をむいていたんだ……その原因が何か分かるか?」

『君だろう?』

「そう俺だ。その戦争の発端は伝説の英雄たる俺の所属をどうするかと言った高度に政治的な問題……ですらないただの痴情のもつれだ。
 俺は魔王を倒すまでそう言った浮ついたことは遮断していたんだがついに逃げるための方便がなくなってな、俺だって好きで難聴系勇者やってたわけじゃねえんだよ」

『本当に頼れる人はいなかったんですか?』

「いない。行く先々で嫌と言うほど恋愛フラグを立ててきてしまった
 どの陣営に行ったところで惨劇は避けられなかっただろうさ。それほどまでにどうしようもなく、先延ばしにし続けていたツケが来てしまったんだよ」

『………』

「全員から孤立し、憎まれ嫌われる存在……俺は魔王になるしかなかった。いや魔王になることが出来たという方が正しいか、最後の最後に逃げ場があったんだからな
 この悪環境でしかない立地も幸いした。常に吹き荒れる魔力嵐のおかげで女神からも補足されていないんだからな。神と言ってもできることに限りはある」

『女神すらも敵と言うのは辛いですね。常々聞いてはいましたが出会った人全てから好かれていたのは事実のようで驚きの極みです』

「こんなことになるなんて俺が一番驚いているよ……さて本題に入ろうか
 もう日付が変わって任せていた一日魔王の期限が切れるよな?解雇されて無職になってしまうよな?」

『解雇って人聞きの悪いこと言わないでください、それらしいことは玉座で高笑いしかしませんでしたけど』


 カーヴィスは朗らかに、そして少し寂しそうに笑った。心の底から今この時を惜しんでいるような、零れ落ちる砂粒を眺めるかのような目つきだった
対するボクはクールビューティーの顔を崩しませんでした。勝った。全宇宙最強萌えキャラ選手権に出場して優勝した気分でした。

 ………こたつの上のミカンを指ではじいて次の言葉を待つ。ミカンは勢い余って玉座へとコロコロ転がっていった。
先ほどまで薄く存在した緩い空気は完全になりを潜め、冷たくも暖かい静寂だけが場を支配する。折角人がふざけた空気にしようと気を利かせたのに無下にするとはとんだ野郎です


「そこでお前に新しい職を与えてやるよ、勇者だ喜べ……俺を殺せイチカ。魔王と言うのは勇者に倒されてハッピーエンド、古来から変わらない由緒正しい結末だ」

『分かりました、悪い魔王は勇者に倒されてめでたしめでたしですね』

「こんな事頼んで悪いと思ってるがどうせなら最後は誰かに倒されたいだろう?
 もう少ししたら旅の仲間たちが来るがそいつらは殺してくれるか怪しいし頼めるのはお前しかいなかったからな」

『友人の最後の願いを無下にするほど人でなしではないつもりですから大丈夫ですよ。遺言はありますか?』

「そうだな、事情は分かったがもっと野菜とか果物とか食え。それが生きるってことだろ」

『善処いたします』

「全然直す気ねえだろお前、まあいい俺だって野菜は苦くて嫌いだしな
 ……さよならだ最後の友人。こんな結末になっちまったが俺は微塵も後悔してねえしこんな世界が大好きだったぜ」


 ボクは目を閉じて一つ大きく息を吐くと勇者になりました。
世界中の人に愛され、そして誰よりも世界中の皆を愛した心優しい魔王。その世界を救う悪い悪い魔王は倒されました。世界に平和が訪れたのです。





 カーヴィスには悪いけれど最後に一仕事させてもらうとします。ボクと彼との物語は終わりだからこの先は完全に蛇足ですけれど。
それでもこうして最後までやり遂げないとあの純粋で人懐っこい魔王に顔向けできない、少なくともボクはそう思うんですよ


『………来たか』


 長い長い玉座のを間を歩いてくる人影が二つ、風貌は話で聞いていた通りの人達の様だ。一方のボクは玉座で不敵に笑いながら待つ
……待つ。…………待つ。……………………この玉座の間やっぱり長すぎるって!この魔王城を作った大工さんたちは何考えてるのさ!いや魔王の要望だったのかな?


『お前は誰だ?なぜカーヴィスが倒れている?答えろ!さもなくば切る!』

『くっくっく……愚かな生娘どもだ、今の段階に至ってもまだ物事の本質が分からないとはな!
 冥途の土産に教えてやろう、そこの勇者に取りついていたこの我が世界に宣戦布告をして半年!ようやく忌々しい殻を捨て去ることが出来たのだ!
 そうとも知らず貴様らが勇者を憎み、殺そうと策を練っている姿は実に滑稽だったぞ!はーっはっはっは!!』


 はいでました誰もが一度は死ぬ前に言ってみたい言葉堂々の一位「冥途の土産に教えてやろう」
実際にやってみた感想としては……なんと言うか物凄く物悲しかったです。滑稽なピエロと言うものはいつも裏でこんなに悲しい思いをしているんでしょうか?

 目の前の二人は血まみれで転がっているカーヴィスの死体を呆然と見つめた後こちらに殺意を向けてきました。
えっともう少し魔王として会話しなくちゃいけないというか……ああ待ってください!剣を抜かないで!ちょっと待って!


『かかって来るがいい人間どもよ!我こそがこの三千世界を統べあらゆる生物の頂点に立った存在!すなわち魔王!
 さあ恐れおののけ!貴様らが最後に目にするのは我が闇の威光なるぞ!はーっはっはー!』


 勝負はと言うと当然一方的なものになりました。何せボクは少し腕に覚えがあるだけのただの人間、勝てるはずもありません
あちらは前衛後衛しっかりしている上に動きも人外。おまけに魔法だって撃ってきます。ただの少女に対して卑怯極まりないと思うのですよ

 疾風一閃切り上げる大鎌を狙い放たれる氷弾、鎌を消して体を無理やり捻じり懐に潜り込む隙を素早く細剣が遮断し刺し貫く
流石と言うべき勇者パーティーの連携によって早くも5度目の死を迎えました。


『おのれ…我が完全に復活していればこのような人間ごときに負けるはずが……!
 勇者の妨害さえなければこんな人間のガキの姿を取ることもないというのに……』


 いい感じに次元転移を始めてサラサラと体を崩壊させていく。不死身に見えて実は回数制限有ります感は出せていると思う。
そうこうしている間にもよく分からないビームで死んだ。死ぬのは痛いし嫌だけどそれでも貫かなくちゃいけない意志は確かにあるのです
相手もこの機を逃すまいと大技を撃って来る。威力高い技の方が苦痛なく死ねるって言うのは幸いなのでしょうかね?

 ここらが潮時だと玉座に大きく吹き飛んでそのまま動かなくなります。あと1分もしない間に消え去るでしょうから大成功間違いなしです
………あれ?気付かなかったけど玉座の陰にミカンが一つ落ちてる!あの時のを片づけ忘れたんだ!
頑張って腕を伸ばして2人にばれないように掴む。戦闘よりもこっちの方が遥かに難しかったのは言うまでもありません。
遺言で好き嫌いするなと言われたしこのミカンは持ち帰って食べることにしましょう。……さようならカーヴィス


 これにて勇者と魔王のお話は終わりです。どちらが勇者でどちらが魔王だったのかは見る人の判断に委ねたいと思います


「僕としては勇者とか魔王とか以前にどっちもロクデナシだと思うなー」

『確かにそうかも』








蜜柑[ミカン]――ミカン科の植物で食用としてよく利用される。
        花言葉は【清純】【親愛】【優しさ】

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